キミの夢を見ていた
2020年、12月31日。
あの日からずっと、来ないでくれと願い続けた大晦日が、やってきてしまった。
2019年1月、嵐から2020年をもって活動を休止するとの発表があった。
その日の報道番組は嵐の話題で持ちきりだったし、Twitterのトレンドも嵐関連のものがずらっと入っていたのを覚えてる。
職場で生粋のジャニヲタとして知られている私は、嵐はなぜ活動を休止をしなきゃいけないのかと質問責めにあった。
いや知らんよ、私は嵐じゃないんでよ。会見見てよ。
私は残念ながら嵐内に担当様がいるわけではないので、そもそもこんなブログを書くのもどうかと思った。生粋の嵐ファンに悪いなとか、浅い知識でしか書けない部分があるな、とか。
ただ、シンプルな話しをすると、好きなのだ。
私は嵐が大好きなのだ。
嵐の、ファンなのだ。
話しが逸れるが、私が嵐を大好きになった理由は幾つかある。その一つとして、まず受験期間の辛さがある。
大学受験の期間、私は予備校に通いながらずっと勉強をしていた。
その間は孤独を感じる時間が多く、勉強をしながら常に、不安を感じていた。
その時の唯一の光が、嵐だった。
予備校の行き帰りはとにかく嵐を聴いていた。その頃特に好きだったアルバムが、「僕の見ている風景」
今でも懐かしさを覚えるアルバムで、本当によく聴いたなと浸ってしまう。
嵐のバランスの良さもまた、好きになった1つのポイントだろう。
5人が持つ個性が違うというのは見ての通りだが、トークを聴いていてもキャラや発言が丸被りしないので、聞き心地が良い。メンバー内での役割分担がしっかりされていると言えばそれまでだが、数々の別グループのトークを聞いていると、これは簡単にできることではない。
嵐だからできる、技術だと思う。
恐らく、嵐がこの技を得るために、失ったものも多くあるのだろう。だけど、これを得たからこそ手に入れたものも、多かったはずだ。
もう1つ挙げていいとすれば、5人の手に取るようにわかる仲の良さも好きになった理由だ。
過去には、メンバー同士の不仲もあったようだが、嵐は見事に「5人で嵐」という印象を世間に焼きつけた。
今回の活動休止の理由も、5人が同じ気持ちでないと嵐はできないというもの。
今でこそ、他グループもメンバー同士の親密さを露わにするのは普通だが、嵐の世代でこういう魅せ方をするグループがどれだけいたかと考えると、少なかったように思う。
嵐はメンバー同士の距離感が近く、本当に友達のようなノリを感じさせた。そういう部分に親近感を沸いた人も多かっただろう。
たぶん、多くの人が持っているようなよくある理由で嵐を大好きになったわけだけど、嵐はテレビを点けるといつも笑ってて、年齢を重ねていく中でも存在は変わらず、いつまでも光だった。
近年のジャニーズ事務所は、タレントの退所やグループの解散も決して珍しいものではなくなってきている。
そういう状況の中でも、嵐だけは5人で変わらず続いてほしい、そう願っていた。
嵐が活動休止を発表した日から、嵐を見るたびに心が締め付けられるものを感じた。
音楽番組に出ている嵐を見て、あと何回歌っている姿を見られるのか、とカウントダウンしてしまったり。
レギュラー番組で5人が仲良さそうに話す姿を見るだけで、切なくなったり。
嵐が大事にしている楽曲を聴いていると涙が出そうで、無意識に避けていた時期も長かった。
嵐はファンに、嵐と離れるための心の準備期間として、約2年間も猶予を与えてくれたのに、私は全く嵐と向き合えずに日々を過ごしてしまっていた。
そして迎えた、2020年末。
FNS歌謡祭の出演が終わり、VS嵐の最終回が終わり、
Мステスーパーライブの出演が終わり、嵐にしやがれの最終回が終わった。
全部、”活動休止前最後の”出演だった。
最後といわれても、いまひとつ実感が沸かない。そんな状態で見たレコード大賞。
嵐が特別栄誉賞として歌唱した中で、A・RA・SHIを歌った。
長年歌い続けたこの曲を、5人が噛み締めて歌っているのを聴いて、妙に実感してしまった。
あ、そうか。明日で嵐は足を止めるのか。
しばらくは、嵐がいない。
そんな時間を過ごしていかなくてはならないのか。
12月31日。
あの日からずっと、来ないでくれと願い続けた大晦日が、ついにやってきてしまった。
朝からずっと、そわそわしていた。
何をしていても嵐のことで頭がいっぱいだった。
嵐はこの日、嵐として活動休止前最後のライブThis is 嵐 Liveを生配信してくれる予定になっていた。
事前にチケットは購入済みだった為、開始時間までにお風呂に入り、食事もそこそこにライブに備えた。
本当に、このライブで最後なのか。
そんな気持ちで見ていたから、ライブが始まり、出だしでワイルドアットハートを歌う彼らを見た瞬間から、感情が溢れてしまった。
セットリストを書こうかとも思ったけど、なんとなく止めておく。
リピート配信も決まったので、見られる人は見た方がいい。
とにかく、嵐は最後の最後まで素敵だった。
老若男女誰が見ても楽しめる曲順も、ずっと嵐についてきたファンならわかるような粋な演出も、最新技術を駆使して近くに行けないファンをも楽しめる仕掛けも、嵐が後に残したい希望も、全てを普段に散りばめた、メッセージ性の強いライブで。
こんな時期だから出来てしまったファンとの距離や、様々な世代層から支持されているということをいい意味で感じさせない、誰も置いてきぼりにしない嵐ならではの優しいライブ空間で、感無量だった。
嵐が最後に選んだ曲がLove so sweetで、この時代に宛てたメッセージなのか、"明けない夜はないよ"と笑顔で力強く歌い切ったのを見て、また光を見た気持ちになった。
これぞ国民的アイドルだ。
やっぱり、嵐はトップだ。
最後の挨拶で、メンバーそれぞれがメッセージを伝えてくれたけど、
櫻井翔くんの、
「僕たちは今後5人で会うと思うけど、それは嵐に似たような何かだ」
という話しが個人的に好きだった。
「誰かのためになっている時に嵐になる」という言葉を聞いた瞬間はすごく寂しい思いが込み上げたけど、"ファンがいなければ嵐にはなれない、必要不可欠な存在だ"と言われた気がして、改めてファンでよかったと思えた。
2021年になり、毎年恒例だった嵐の新春特番も無く、正直心に穴が空いたような寂しさを感じている。
でも、嵐がいなくなって出来る様になったことが1つある。
それは、嵐の楽曲を聴けるようになったこと。
あれだけ避けてしまっていた曲たちが不思議と聴けるようになったのは、恐らく嵐が口を揃えて、嵐が活動休止しても楽曲は愛してほしいと言ってたからだろう。
嵐が21年間を通して創り上げた、音楽。
そして、嵐を通して見せてくれたたくさんの夢。
正直、もっと嵐を見ておけば良かったと、後悔する部分もある。
でも、嵐はたくさんのものを残してくれたから。
それを一つずつ噛み締めて、嵐の活動再開を待つことにする。
最後に、嵐へ。
21年間大変お世話になりました。
ずっと光を照らしてくれて、ありがとうございました。
テレビを点けるといつも笑っている5人の姿に、明るさをもらいました。
沈んでいても、嵐の楽曲を聴くと楽しい気持ちにさせてもらいました。
嵐のメンバーが出ていたドラマが大好きで、どれも思い出の作品です。
トップになってくれて、ありがとう。
数々の前例を作ってくれて、ありがとう。
たくさんの後輩がいる中で、嵐がレールを敷いてくれたから、歩める道があると思います。
後輩グループを応援している者としても、心から感謝したいです。
嵐には本当にたくさんの想いを抱きました。
それは、まるで青春でした。
きっとこれは、私が嵐がいた時代を生きたから、感じることのできたものでしょう。
少し違っていたら、嵐の存在を知らなかったかもしれません。嵐をこんなに好きにならなかったかもしれません。
だから、きっと私は得をしたのです。
嵐という存在を知ることができたから。
嵐を大好きになれたから。
嵐がいる時代を生きることができて、良かった。
きっと、嵐が見られない時代を生きるのは、すごく寂しいでしょう。
いつまでも、求め続けてしまうでしょう。
でも、求めることができるのも、嵐がくれた希望だと思っています。
そう考えると、寂しさが少しだけ減るような気がします。
嵐は本当に、最後の最後までファンに寄り添い、嵐を全うしてくれたと思います。
ただ、一つだけ我が儘を言わせてください。
ファンは、直接ありがとうを伝えることができていません。
歓声に包まれながら笑う姿を、見ることができていません。
またステージに立って、私たちからの声を聞いてくれますよね?
その日が来るのを、信じていますよ。
最後に。
とにかく健康で、いてください。
そして、また嵐がやりたくなったら、いつでも戻ってきてください。
その時まで、ずっとずっと待ってます。
嵐という夢を、また見られるその日まで。
I will be there
ここからそっと想い続けているよ
嵐のファンで、良かった